2009/12/25 NOTE
刹那  エミリオ  ウェンディー


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思い出なんざ糞食らえ

「うわあ」
 その一言は、らしいと言えばらしかったのだが、どこをどう取ってもこちらの身を案じてなどいなかった。いや、だからこそらしいと言えたのかもしれない。
 ウォンやらソニアやらに見つかるのが癪で、残った力を振り絞って自分の部屋の窓まで飛んできたのだが、ほとんど深夜になってからようやくたどりついたそこで出くわしたのがこいつだった。碧の髪に白い翼の少年。なぜ自分の部屋に不法侵入しているのかは謎だったが、別にこいつが今更何をしても驚かんとは思う。
「何やってんの刹那。いや本当に」
 しかし少年の方は少なからずびっくりしたようで、完全にきょとんとした顔でこちらを見つめ返してきた。
 とりあえず怒鳴ったり殴ったり問い詰めたりする余裕はなかったため刹那は無言でフローリングに降りると、血に染まった上着を脱ぎ捨てた。上着の下から現れた惨状にエミリオがもう一度「うわあ」と声をあげたが、これもやはり無視。
 事情を知られればバカにされるのは目に見えていたし、そもそもその事実で改めてなじられずともプライドは十二分に傷ついていた。自己鍛錬の糧にするにはあまりにも酷すぎる現実に、頭がどうにかなりそうである。
「……えと、薬箱かなんか、いるか?」
 しかし予想を裏切ってエミリオは空気を読んだ。非常に珍しいことだが、だからといってこいつの世話になる理由もない。刹那はエミリオに一瞥をくれると、無言でシャワールームへと向かった。



「あー刹那、お湯沸かしといたから使って。あとそこに薬箱と包帯な。麻酔は救急用キットしかなかったから弱いのかモルヒネくらいだけど、好きな方選べよ」
 ぶり返す激痛に耐えながらのシャワーを終えると、テーブルの上になにやら店を広げているエミリオがこちらに声をかけてきた。
 相変わらず心配している様子は微塵もないが、まるでそれが当然とでもいうように手際よく治療道具を並べている。
「……どういうつもりだ」
 流石に鬱陶しくなって低く唸ると、エミリオはふっと笑ってこちらを―――左腕に大きく口を開く裂傷を指差した。
「だってソレ、ピンク髪でしましまタイツの小娘にやられたろ?」
 うっかり絶句してしまったことに激しく後悔しながら、刹那は無精無精舌打ちして認めた。
「……ああ多分そいつだ。縞々ではなかったが。よくわかるな?」
「ウェンディーが相手を半殺しにした傷なんかいー加減見慣れたっつの」
 どうやら知り合いのようだが、その名を口にした瞬間に少年の瞳によぎった影を見咎め、刹那はとっさに追求をやめた。
「散歩中にいきなり襲われたんだ。なんなんだあの通り魔は」
 とりあえず当たり障りなく事実を告げると、エミリオは能天気にあははと声をあげた。
「なんか気に障ることでもしたんじゃないのか?ちなみに『ブス』『貧乳』『ずん胴』は死亡フラグ確定バッドエンド直行コースね」
 冗談と笑い飛ばすには先刻の経験があまりに鮮烈に過ぎ、刹那は顔を引きつらせた。
「しかし、俺が軍のサイキッカーと知って仕掛けてきたようだったが」
 新参の自分がそう顔を知られているとは思えなかったのだが、絶対に知られていないと言い切れるほどでもない。襲ってきた理由はともあれ、そういうこともあるのだろう。エミリオも似たようなことを思ったらしく―――あるいは単に興味がないだけか―――つまらなそうに「ふうん」と生返事をして、床に脱ぎ捨てられた血まみれの刹那の上着をつまみあげた。
「これどーすんだ?捨てちゃっていいのか?」
「ん、ああ―――」
 と生返事をしつつ消毒液を手に取ったところで、刹那はふと我に返った。
「いや!ちょっと待―――」
「あれ何コレ」
 あげかけた声は時既に遅く、エミリオは上着のポケットから小さな袋を取り出していた。あわててひったくろうとするもさらりとかわされ、ついでにこぺんと足払いをかけられ、更に背中に足を乗せられた。
「うっわもしかしてクリスマスプレゼント?刹那もスミにおけないなー。ねーどこの女?どこの女?」
 よりによって最も見られたくない相手に最悪の見つかり方をしたことに怨嗟の声をあげつつ、刹那はエミリオを振り落とした。
「うるせぇな、女なんざ作ってるほど生活に余裕があるように見えるか、阿呆!」
 早口に言い訳のようなことを口走りながらエミリオの手から袋を奪い返したところで―――
「……って、あれ?」
 その袋に見覚えがない事に気付く。
 虹色の光沢のホイルペーパーにピンクのリボンでかわいらしく結ばれたその手のひらサイズの袋は、彼のものではなかった。
「……なんでこんなもんが俺のポケットに入ってんだ?」
「またまたトボけちゃって……って言いたいトコだけど、確かにそれは刹那のセンスじゃないな」
 さすがに女に贈るにしても、こんな少女趣味なラッピングは頼めない。しかもそれはよく見ると所々ぎこちなく、手製のラッピングであることが知れた。
 こんなことをしそうなのは、そう例えば、彼を半殺しにしたあの小娘などはこういうセンスをしていそうだ。
 そしてそんなことはエミリオにとっては自明の理らしかった。刹那の手からその包みをひょいとつまみあげると、エミリオは逡巡するように視線を左右に彷徨わせた。
 見かねてその頭をぽんと叩く。
「開ければいいだろう。まさか半殺しにした相手に贈ったわけでもあるまい。この基地に侵入できないから、宅配便代わりに俺を使ったに決まってる」
 言っていて鬱になりかけたが、エミリオはこちらの内心などどうでもいいようだった。まあこんな子供に気を遣われても余計に傷つくだけなのだが。
「……でも僕あてって決まったわけじゃないし……」
「どう見てもお前あてだ」
 さしたる根拠はなかったがきっぱりと断言してやると、刹那はエミリオの頭をくしゃりと撫でてテーブルへと戻った。正直、ガキの色恋沙汰に巻き込まれたにしては被害が酷すぎるのだが、嘆いていても傷は治らない。特に左腕は縫合しないと本当に治りそうになかった。局部麻酔よりはモルヒネのほうがマシだろうかと悩みながら針に糸を通していると、ふいにエミリオが溜息をついてしゃがみこむのが見えた。
「……どうした」
「いやちょっと……精神ダメージ的に致死量だったっていうか……」
「は?」
「ちっくしょぅ馬鹿にしやがって…」
 悪態をつきながら、エミリオはジンジャークッキーを派手に噛み割った(どうやら袋の中身がそれだったらしい)。
「手紙でも入ってたのか?」
 つい好奇心に負けると、エミリオは存外あっさり口を開いた。
「別にメッセージは何も。ただこのクッキーがさあ」
 と、一枚こちらに投げてよこされる。なんの変哲も無いジンジャーマンクッキー。口に放り込んでみるが、素晴らしく美味いわけでも致命的に失敗しているわけでもない。一体何が致死量なのだろう。
「昔な、僕とウェンディーが二人でクリスマスに作ったクッキーと同じ型で作ってあるんだけどね」
「…思い出の品ってやつか?」
「あはははははははははははははは」
 なぜか哄笑が響いた。
 明らかに触れてはいけない何かに触れたことに気付き視線を逸らした先に、エミリオは素早く回りこんできた。
「いや聞けよいいから聞けよ。僕はどっちかっていうと付き合わされたんだよね。お菓子なんか作れないってのに無理矢理ね。わかる?」
「あ、ああ」
 つめ寄って来る剣幕に思わず腰を引けさせつつ、刹那は明らかにこれはモルヒネを取るべきと判断せざるを得なかった。
「なんでクッキーなんか焼こうつってるのかと思やさ、『バーンが手作りクッキーが好きって言ってたのー』だってよ。なんなのソレ。無神経にも程があると思わない?確かにお前がバーンのこと好きなのは勝手だよああ好きにすればいいと思うよでもさ僕だって一応男なんだっていうか年頃で思春期の男なんだよ男ねえわかる!?」
 とりあえずそのバーンとやらいう男と壮絶な三角関係にあったことだけは理解できた。
「ああ…まあ女てのは無神経なもんだよな」
 エミリオは憤懣やるかたないといった様子で地団太を踏んだ。
「ああもう本ッ当むかつく!それをまるで『このクッキーが私たちの幸せな思い出★』みたいな贈り方しやがって畜生あの女一回本気で犯してやるうぅッ!!」
「わかったわかったから落ち着け、な?」
 ついにとんでもないことを口走り始めたエミリオを仕方なくなだめ、ついでに何やってるんだ俺とやるせない気持ちになりながらも刹那はなんとかエミリオを隣に座らせた。
「大体プレゼントに手作りクッキーとか中学生かっつーの!なんかもっとアクセサリーとか気の利いたものは思いつかないのかなあー!」
「クロムハーツ欲しいとかマセたこと言ってたなお前」
「マセたって何だよ。刹那だってジャラジャラのくせに」
 言われるほどつけていないと思うのだが、エミリオのような子供の目からするとシルバーの類は大人っぽく見えるのかもしれない。
「…で、まだそいつのことは諦めてないのか?」
 一度は手に取ったモルヒネをやはりやめて、アンプルに注射器を差し込みつつ聞くと、エミリオはぶすっと頬を膨らませた。
「べっつに。あんな奴どーだっていいけど、一回思い知らせてやんないと気がすまないってゆーか」
 つまり諦めてないんだなと胸中で呟くと、刹那は左腕の治療から開始した。左腕の傷が一番深かったのが幸運と呼ぶべきか不運と呼ぶべきか、とりあえず一人でなんとかなりそうである。これが右手の届かない範囲に縫合が必要な傷があったなら、ブラドあたりに頭を下げねばならないところだった。
「ま…こだわるのもほどほどにしとけ。女なんざいくらでも代わりがきくもんだ」
「う〜〜〜〜〜」
 明らかにこちらの言葉を相槌程度にしか聞いていない様子で、エミリオはクッションを抱きしめて唸った。
「俺だってイヴの夜に振られたことぐらいあるぞ」
「僕は振られてないよッ!!」
 ほとんどかみつくように詰め寄ってくるエミリオをやんわりと押しのけ、刹那は皮肉げに笑った。
「ちなみに俺はもうその女の名前も覚えていない」
「…何が言いたいのさ?」
「女なんざ人生に大した意味は持たないってことさ」
 エミリオは単純に呆れたようだった。目を眇めて溜息をついてみせる。
「そんなの刹那ぐらいじゃないのか。その見た目なら女なんかとっかえひっかえだろうしさ」
「そんなことはない―――ああ、女に困らんというのはその通りだが。しかし俺だけじゃないさ。少なくとも年を食えば女なんてのはどんどんどうでもいい存在になってくるもんだ」
「う〜ん……?」
 天井を見上げてなにやら悩みだしたエミリオは、数十秒ほどもそうしていたが、一応何かを思いついた風に首をかしげた。
「まあ確かに、ガデスは今日も普通に任務に出てるし、ウォンもいつも通りデスクワークだし、あとブラドもいつも通り花壇の世話に夢中だったけど」
「だろう?よっぽど暇じゃなければ色気のある事をしようなんざ思わないもんなんだよ」
「大人って枯れてんだねぇ……」
 なにやら物憂げにエミリオは溜息をついてみせたが、ふいに何かに気付いたようにぱっとこちらを見た。
「……何だ」
「じゃあ散歩に出るぐらいよっぽど暇だった刹那は、どうなのかなぁって」
 ニヤリと笑うエミリオの片手に、いつの間にかひとつの袋が下げられていた。
 明らかに見覚えのある―――ついさっき、街に下りて買ってきたもの。
 さあっと血が下がるのを自覚する。
「おまッ……いつ見つけた、それ!?」
「さっきのクッキーと一緒に〜♪」
 どこまでも目ざとい奴だ。思わず露骨に舌打ちする。最悪の場合でもこいつにだけは見つかりたくなかったものなのだが。
「ねー誰?誰なの?僕も会ったことある人〜?」
 先ほどとは一転、鬱陶しく絡んでくるエミリオに、刹那はもう一度舌打ちしてそっぽを向いた。
「…お前の知ってる奴だが会ったことはないだろうな」
「なにそれどういう意味?」
 その黒い小さな袋をもてあそびつつ、エミリオは口を尖らせた。
 どう言ったものかと悩むが、結局見つかってしまった時点で方法はひとつしかなくなってしまったとも言える。
「気になるなら、開けてみろ」
「へ?」
 まるっきりわけのわからないことを言われたという顔で、エミリオはこちらを思い切り振り向いた。
「だってこれ、プレゼントなんじゃないのか?」
「ただ袋に入ってるだけだろうが。開けてみりゃわかる」
 もはややけくそで乱暴に言い捨てると、やはりモルヒネに頼るべきだったと再度後悔しながら刹那は腕に針を通した。
「え、マジで見ていいなら開けちゃうけど……開けるよ?」
 手当てに集中しているふりをして無視すると、エミリオはなおもしばらくこちらの様子を伺っていたようだったが、やがてそろそろと袋の紐を解いた。
「……え、嘘、これって…」
 買った本人である刹那には見ずともわかる。クロムハーツのリングだ。
「ガキにはあんまゴツいのは似合わないからな。そんぐらいの値段ので十分だろう」
「いやそんぐらいってコレ10万はするって。じゃなくて……えっと、あれ?」
「なんだ?クロムハーツが欲しいって言ってただろ?」
 実際のところ贈り主を不詳にして渡すつもりだったので台詞を用意しておらず、とりあえず無愛想に言い捨てる。エミリオは目を白黒させながらこちらとリングを交互に見ていたが、おもむろにそれを指に通した。
「…なんで僕の指のサイズ知ってるんだよ」
「ウォンに聞いた」
「ウォンもグルかよ!」
 ウォンが自分の指のサイズを知っていることに関しては疑問を持たないのだろうかというのが引っかかるが、あの二人は時々妙に仲が良いのでそういうものなのだろう。ともあれ存外素直に受け取ったことに刹那は内心ほっとしていた。
「ガキはまだプレゼントが欲しい年頃だろ?流石に俺らはもう受け取る側のトシじゃないしな、お前に何か買ってやるのも面白いんじゃないかって話になったんだよ」
「……あっそ」
 ちらりと横目で盗み見ると、エミリオは興味のなさそうな声とは裏腹に、機嫌良さそうに指輪をつけた右手を天井にかざしていた。
「そんじゃ折角だからもらっとくよ。ずたぼろになってまで買ってきてくれたんだしねー」
「ほっとけ」
 しつこくむしかえされて鼻を鳴らすと、エミリオは楽しそうにけらけらと笑った。
「まあウォンには内緒にしとくよ。バレてもフォローはしないけどさ」
「十分だ」
 縫合を終えて糸を切ると、刹那は色々な意味で大きく息をついた。終わってしまえば大したことは無い。
「で?もうかなりいい時間だが、お子様は寝なくていいのか?」
「何かっていうとガキ扱いだなあ」
 怒るかとも思ったが、エミリオは軽く流すと、ソファの裏から何かをひっぱり出した。
「実は僕イケるくちなんだけどさ。一人身の男同士、一晩どうかな」
「……いい趣味してやがる」

 エミリオの持参したそこそこ高級な白ワインは、結局明け方近くまでかけてゆっくりと空けられた。

-終-


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