2009/12/15 NOTE
エミリオ  キース


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ペパーミントは僕の敵。

 偶然ばったり会う可能性の低い人物ランキングをするなら、その男は確実に上位ランカーだった。
 それは相手も全く同じだったらしい。似合わないアイスクリームショップの前で、これまた似合わないアイスクリームを手に持ったまま、まるっきり豆鉄砲を食らったような顔でこちらを見ている。服装も私服で、スラックスにYシャツという記憶に乏しい格好だ。唯一彼のイメージに合う部分があるとしたら、その手にしたアイスの種類がペパーミントであるということぐらいだろうか。
 たっぷり五秒は絶句して見つめ合ったのだが、われに返ったのはエミリオの方が先だった。とりあえず当初の目的を思い出すと、呆然とこちらに目をやるままの彼の横をすり抜けてアイスクリーム屋の窓口に肘をかける。
「チョコとクッキー&クリームをダブルでちょうだいー」
 店員にコインを投げて寄越すと、エミリオは改めて背後を振り向いた。
「なにじろじろ見てんだよ」
 わざと険悪な調子で鼻を鳴らすと、彼は頭でもはたかれたように表情を戻した。
「あ?いや、すまない。ええと……」
 あまりに意外な出会いのせいなのか、プライベートに出くわしたせいなのか、あるいはその両方なのか。彼は、記憶にある限りでは見たことのない、どうしていいかわからないといった様子で口ごもった。
 受け取ったアイスを舐めながら、エミリオはいたずらっぽく笑ってみせた。
「今、わりと素だろ。そういう顔もするんだね、キース」
 あるいはそれは、ここ二年で彼が変わったせいなのかもしれない。
 ともあれエミリオの方の反応も、彼―――キースにとっては予想外のことらしかった。
「……私がわかるのか?」
「こないだ会ったろ」
 これまたわざとそっけなく言うと、キースは眉をひそめた。
「からかうな」
「ゴメンゴメン」
 エミリオはひらひらと手を振り、とりあえず店先の立ち話も迷惑であろうと、近くにあったベンチにひょいと跳び乗った。
「あんときはちゃんと挨拶もできずに失礼したね。まあ……失礼っていうか、それどころの話じゃなかった気がするけど?」
 剣呑な話題に触れ、キースの表情が目に見えて険しくなるのがわかる。
「…随分と、同胞を殺してくれたな」
 キースの手にあるアイスが、溶けるどころか目に見えて霜がおりていく様子に苦笑する。
「あなただって、人間を殺してるだろうに」
 反射的な反駁にみせかけたそれは、実は彼に対する切り札のひとつだった。単純に見えて、その実様々な含みを持っている。  実際それは効果があったようだった。キースの眉間に刻まれた皺がいっそう深くなるのがわかる。
「人間とかサイキッカーとかはこの際関係ないけど、敵は殺すよねふつー。僕も、あなたもだ」
 だから謝る気もなければ悪びれる気もない。お互い様だ。頭を下げあいながら殺し合いなどできるはずもない。
「ただキースのことは、できれば殺したくないな」
 ここまでで、上の段のクッキー&クリームは制覇した。
「何故だ」
 ベンチには腰も下ろさずに、キース。
 やはりと思っているのか、もしかしてと思っているのかは、微妙なところだ。エミリオは少しだけ考えると、結局単純に答えることにした。
「恩人だからに決まってるじゃん?」
 言葉の内容そのものはわかりきったことであって大した意味はない。が、その発言自体には多大な意味があった。
「…やはり、わかるんだな?私のことが」
「当たり前だっての」
 エミリオは不機嫌そうに口をとがらせてみせた。不機嫌になる理由は、疑われていたからではないのだが。
「そうか……」
 あからさまにほっとした様子で、キースはベンチにすとんと腰を下ろした。
「てっきりウォンに洗脳でもされているのだと思っていたのだが、そうか。……ならばいいんだ」
 今度はこちらがきょとんとする番だった。
「いいんだって……良くはないだろ。てか、逆に悪くない?ぼくは自分の意思であなたの同胞を虐殺したんだってことになるんだけど」
「ああ、まあそれについては良くはないが……それとは別の意味でな。良かったよ」
 心底安心したと言いたげにベンチに背中を預け、ようやくアイスに口をつけ始めたキースを、わけがわからないといった視線で見やる。
「…わっかんないなぁ。そーゆう細かいことをネチネチ気にするような奴じゃなかったっけ?キースって」
「ネチネチって……」
 キースは傷ついたようなゲンナリしたような微妙な表情でペパーミントを齧った。
「単に私は、きみが自分の足で歩けるようになったことが喜ばしいと思っただけさ」
 きみだって人の生死に関してはネチネチ気にするタイプだったじゃないか、と皮肉に付け加えるのも忘れないあたりは流石に彼らしい。
「そのためにノアと敵対することになったのは仕方ないことだ」
「…連れ戻そうとかはしないわけ?」
「まさか」
 あまりに即答で否定され、エミリオは思わず目をぱちくりさせた。一本取ったと言わんばかりにキースが横目でこちらを見る。
「自分の意思で歩けるサイキッカーにノアは必要ない。自ら望んで孤独を得ようとする絶望主義者しかノアにはいないよ。沈むしか能のない虚飾の方舟に、好んで友人を招きたいとはちょっと思えないな」
 今こいつは色々ととんでもないことを口走ったが、その中でひときわ印象に残った言葉は、実のところ話題には何ら関係がなかった。結局のところ自分はそういう人間だからなのかもしれないし、子供だからなのかもしれない。
「……あんなことがあった後でもトモダチって言ってくれるんだ?」
「価値観が個人で違うのは当たり前だ。無論そうである以上ともに歩くことはできんが、友と呼ぶことは勝手だろう?」
 迷惑だったかな、と笑うキースの顔をまともに見てしまい、エミリオは慌てて視線を逸らした。
「そりゃお前、敵の首領が『あいつは俺の友達』とか言ってるのがばれたら、普通にめーわくだっつの……」
 照れ隠しに、残りコーン部分のみとなったアイス―――もはやアイスではないが―――に挑みかかる。
「理由はそれだけか?」 
 こいつこんなにいい性格してたっけか。ウォンの傍にいると、知らずに性格が曲がるというのはあながち嘘でもないのかもしれない。エミリオが憮然としつつも反論しないのを確かめると、キースは満足そうにうなずいてみせた。
「ならばこのことはきみ以外には言わない。それで何も問題はないな」
「…くっそなんだこれ……」
 からかってやるつもりでこのベンチに座ったのだが、なぜか立場が逆転している。
「そうそう。ソニアはどうしている?」
 そしてすっかり世間話へと移行している。
「相変わらず。ノアにいたときとおんなじだよ」
 それはつまり、時々思い出したように暴走するということなのだが。
「それは……元気そうでなによりだ」
 その辺りまで汲み取ったのだろう。キースは含み笑いを隠すように口元に手を当てた。
「…懐かしいな。あの頃は皆、手の届くところにいたのに……」
「うわ、キースなんか落ち着いたなーと思ったら単に老けたんだね」
 流石にこの攻撃はきいたと見え、キースはアイスを取り落としかけながら咳き込んだ。
「…考え方が大人になったと言ってくれ」
「いやあ今の発言はさすがにちょっとジジイでしょ」
「認めん。というか成人もまだだっ」
 ―――と。
 最初に吹き出したのはどちらだったか。
 気が付けば、笑い声が二人分、舞う春風に乗って踊っていた。
「……ねえキース」
「…何だ」
 ひとしきり笑ってから、どちらからともなく底抜けの青空を見上げる。
「やめちゃえよ。総帥なんて」
 内容自体は爆弾発言だったが、キースはそう言われることを予想していたように、気配すら変えなかった。
「……駄目だ。始めたのは私だ。最後まで責任は取る」
「…石頭」
「なんとでも言え」
 そう呟いて腰を上げたキースの横顔は、自嘲めいて見えなくもなかった。
 いや、間違いなくそうなのだろう。彼のこの、どんな巨大な氷河より動かしがたい責任感があっては、往くも退くも地獄だ。それを自分で分かっているのだ。
「…もう行く。次はおそらくまた、戦場でだな」
「……そーだね」
「友人を殺したくはないが、それも状況次第だ。覚悟はしておけよ」
「は。あんたに僕が殺せるなら、わざわざウォンについてったりはしてないよバーカ」
 それは軽口のつもりだったが、想定外の威力を発揮したことにエミリオはうっかりたじろいだ。
「…そう、か。やはりそう見えるか…?」
 去ろうとした足を一瞬止め、空を仰いだ。それだけの動作だったが、何か決定的な部分を抉ったような気がした。
「や、やだな。今のはあんたの実力をあてこすっただけで、別に甘いとか言いたかったわけじゃ―――」
 言い訳したことで逆に肯定してしまったのだが、その時にはキースはもう歩みを再開していた。
「いや、褒め言葉と受け取っておくよ。ではな」
「あ、うん……」
 エミリオはベンチに残ったまま、去り行く小さな背中を見送った。
 彼はいつか、自らの責任感と甘さに殺されるのだろう。そのときの相手が誰であるかなど些細な問題でしかない。彼の最大の敵は、彼の中にいるのだ。
 そして、それを殺せるのはきっと、自分ではない。
 甘さを殺せた男と、無為な責任感を殺せた男と。そのどちらも、今はキースを見ていない。
「…ぼくにどうしろって言うのさ」
 ここにはいない彼らに、エミリオは届くはずのない恨み言を呟いた。

-終-


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