2009/12/13 NOTE
エミリオ  刹那  ウォン  ガデス


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存在を拒絶する

「人工サイキッカー?」
 その言葉に頓狂な響きを含ませてしまったのは、それが初耳だったからではない。可能性の外として一笑に付していたからだ。
 そもそもどういった条件で生まれてくるのか、原因も意味も理由もわからないサイキッカーを、人工的に生み出すなど論外だと。もしそんなことが可能なら、自分がなぜこんな力を持って生まれてきてしまったのか説明してくれても良さそうなものだ。
 しかし、ウォンは平然とその夢物語を実現させたと言うのである。
 そんなことができるなら自分の疑問にも答えてくれないものかと苛立ちつつ、エミリオはその突然のニュースを運んできたガデスを無意味に睨みつけた。無論そんなことは動揺のタネにもならないであろうガデスは、こちらの胸中など知らぬ風に軽い調子で続けた。
「今ウォンの部屋に見に行ったんだけどよ。志願したっつーから一体どんな偉丈夫かと思や、これがヒョロい若造で―――」
「は?」
 聞き流しかけたガデスの解説を、エミリオは剣呑な声音で遮った。
 今こいつは何と言った?
「…どうしたよ?」
 流石に様子が変だと思ったのだろう。ガデスは軽口をやめて怪訝そうな声を出した。
 だがそんなことはどうでもいい。今、この男はなんと言ったのだ?
「…人工サイキッカー計画は、どっかから連れてきたサンプルを使ってやってたんじゃないのか?」
 詳しく知っていたわけではない。知りたくもなかった。しかし、計画そのもののコンセプトから、人体実験は免れないはずだ。人体実験という言葉そのものが持つ非道徳さが示すように、その実験体は敵軍の人間の捕虜であるとかサイキッカー研究所のサンプルであるとか、拒否できない弱者をターゲットに行われているものだろうと思った。思っていた。
 だが、今、ガデスは何と言ったのだ?
「いや、ウォンもそのつもりだったらしいがよ。なんでも一般兵から『是非自分を使ってくれ』と志願があったんだとさ。どうせならやる気があるヤツの方が洗脳の手間も省けるしいいんじゃねえかってんで、完成品の第一号はそいつに決まったんだそうだが―――」
 途中からガデスの言葉は聞こえなかった。言葉ごと廊下に置き去りにして、エミリオはウォンの部屋へと荒々しく足を踏み出していた。



 目的の部屋に辿り着く前に、一人の男とすれ違う。
 金髪の、目つきの鋭い男。年齢は二十代のどこか。ガデスからすれば確かに若造だ。
 体格はけして悪くない。しかしガデスの基準からすればヒョロいと言えるだろう。
 しかしそんな符合は必要なかった。すれ違うまでに観察できた容姿より、すれ違いざまに感じた空気の揺れで何もかも確信できる。
「待てよ」
 完全にすれ違ってから、そう声をかける。
 こちらは振り向かない。相手も振り向かなかったようだった。しかし足を止めたことは確信して、エミリオは剣呑な声音で問いかけた。
「志願したって聞いたけど」
 それは問いというよりは確認だったが、彼がそうなのだという明らかな確信がある。事実その男はあっさりと認めた。
「その通りだが」
 だから何だ。その言外の問いに、苛立ちよりはるかに上の、腹の底からこみ上げるなにかが奥歯を鳴らした。
「理由は?」
「貴様には関係ない」
 その単純な拒絶は予想しなかったわけではない。エミリオは振り向きざま、相手の後頭部に向けて鋭く手を突き出した。
 耳をつんざく不快な音を残して放たれた光弾は、金髪を数本引きちぎりながら廊下を貫き、突き当りを爆砕する。
 ゆっくりと振り向いたその男は、深い闇色の瞳でこちらを睨みつけてきた。怯えた様子は微塵もない。が、明らかに怒ってはいるようだ。
「…答えないなら、僕はちょっとウォンに叱られないといけないんだけど」
「どういう意味だ?」
 身体ふたつ分ほどの距離で睨み合う。身長にはそれなりの差があるが、もしこいつが『サイキッカーなのだとしたら』体格差などあまり関係がない。
「何ヶ月も頑張って拵えたオモチャを完成直後に壊されちゃ、流石のウォンも怒るだろう?」
 それは宣戦布告であったし、相手にも明確に伝わったらしい。相手の目が警戒にすがめられた。それを無視して続ける。
「なんでサイキッカーなんかになりたいんだよ。馬鹿か?」
「………お前だってサイキッカーだろうが」
 どうやら、なぜ絡まれているのかも分からないらしい。真性なのか、理解力がないだけなのか―――
「サイキッカーがどういう存在なのか知らないわけじゃないだろ」
「勿論わかってるさ。今のお前のように、他者を力で弾圧することができるってことだろうが」
 どうやら真性のようだ。そう理解したかしないかのうちに、練り込んでいた力が掌に発現する。相手の表情に緊張が走るのがわかった。どれだけの力を持っているか知らないが、能力での実戦経験などあるわけがなかろう。例え初撃を凌がれたとしても、搦め手には反応できまい。
 だがそんなことを冷静に考えているのは脳のほんの片隅で、エミリオの思考はほとんどがひとつの感情に塗りつぶされていた。
 殺してやる。
 顔を焼き、腕をもぎ取り、腹をぶちぬいてやる。
 存在そのものが許せない。
 この場に息をしていることだけで虫唾が走る。
 自分がこの力のせいでどんな思いをしてきたか、こいつが理解することなど到底不可能だろう。ならばそれ以上の苦しみを与えて殺してやる。
「死ねよ」
 真正面から放った殺意の光は、すんでのところで障壁に弾かれた。どうやら最低限の訓練は受けたらしい。しかしやはり、この程度。バリアが無敵と思っている時点で敵ではない。
 半瞬ほどで両手に力を溜める。こんな薄い障壁など容易にぶちぬける自信があった。
 バリアを割り砕いたら、どこから穴を開けてやろう。大動脈は避けるべきだ。あっさり殺すのも面白くない。まずは指から一本ずつ吹っ飛ばしてやるのがいいか。そんな想像に喜悦の笑みを浮かべ、揃えた拳を振り上げたところで―――
「そこまでにしておきなさい」
 頭上で腕をつかまれ、エミリオは動きを止めた。
 止めた理由は色々あるが、一番大きいのは物理的に止まらざるを得なかったということだった。かなりの勢いで振り上げたはずだが、つかまれた手首はもはやびくともしない。腕ごと空中に持ち上げられた姿勢のまま、エミリオは背後に刺々しい声を向けた。
「邪魔すんな。こいつは殺す」
 いつもなら引き下がるところに思わぬ反抗を受けたのが意外だったのか、背後の男―――ウォンは、やれやれと溜息をついてみせた。
「駄目です。きみのストレス解消のオモチャには少々高すぎますのでね」
「うるさいな」
 筋力では敵わないので障壁で無理矢理ウォンの手を弾き飛ばすと、エミリオは怒りの矛先を背後へと変えた。
「実験体なんてそのへん歩いてる人間捕まえてくれば済む話じゃないか。なんなんだよ志願兵って!喧嘩売ってるとしか思えないんだけど!?」
「気持ちは分かりますがねぇ」
 流石にウォンは、こちらがなぜ怒っているのかは一瞬で察したようだった。しかしそんなにすぐ分かるぐらいなら、企画段階で察してくれと思う(あるいは思い至ったが別にどうでもいいと思ったのか。そちらのほうが可能性としては高そうだが)。
「すみませんね刹那。躾のなってない子で」
 ウォンはこちらをなだめるのは後回しと思ったようで(しかししっかり腕はつかみなおされたが)、正面の男に視線を移した。
「ちょっと繊細な子なんですよ。大人の対応でお願いします」
「…まあガキってのは理不尽なもんでしょうし」
 金髪の男―――刹那とか呼ばれたか―――は、憮然としつつもウォンの仲裁を受け入れたようだった。ただしこちらを睨みつけるのは忘れなかったようだが。
 その視線を思い切り迎撃してから、エミリオは憤然とウォンの手を振り払った。
「ふん。いずれ後ろから刺してやるからせいぜいびくびくしてるんだな」
「私の前で言わないでくださいよ」
 苦笑するウォンにも刺々しい一瞥をくれると、エミリオはやり場をなくした怒りを壁に叩き付けた。崩壊というより蒸発する分厚いコンクリートに、刹那と呼ばれた男がわずかに眉を動かしたことだけで、とりあえず今回は満足することにする。自分を無理矢理騙していることに明確な自覚はあったが、だからといってウォンに抵抗してまでこの場でなすべきことではない。
 エミリオはそのまま無言で踵を返すと、二人を残して足早にその場を立ち去った。

 面白くない。
 刹那とかいうあの男の存在そのものが。
 サイキッカーなんかに生まれない方が幸せに決まってる。
 ニンゲンという約束された幸福を自ら投げ出したあの男が、この上なく腹立たしかった。
 存在すら許せない。消えてしまえ。自分の目の前から。
 消えないのなら、殺してやる。いずれ必ず。

-終-


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