| 2011/4/8 NOTE |
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| 俺の理想の |
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雪のチラつきだした屋上にその少年がいるのを見つけたのは、別に偶然ではなかった。 こちらに背を向けて空を眺めるエミリオは、だいぶ距離があるからだろうか、まだこちらに気付いた様子はない。珍しいことだが。 考えてみれば今まで、こちらから気付いて声をかけたことなどあっただろうか。そんなふとした物思いのせいで声を出す機会を逸し、刹那は無意味に天を仰いだ。 用がないのならこのまま立ち去れば良いのだが、ならばそもそもこいつを探したりはしていない。 そう、探していたのだ―――刹那はそんな事実を苛々としながら認めた。特にこれといった用があったわけでもないが、探す理由は明確にあったような気がする。具体的に言葉にすることは難しいが、無理矢理ひとことで表現するならば、「不安」とでも言うべき何かだ。 (…下らん) そもそも自分が何を恐れる必要がある?今まで彼が信じてきた世界律を捻じ曲げられる力は、もう彼の手の中にあるというのに。 そう、恐れるものなど何もない。本当にそう思っていたのなら、 「おい、エミリオ」 声をかける必要などなかったのだと気付いたのは、あからさまに驚いた様子でこちらを振り向いたエミリオの顔が視界に入った後だった。 「…なにやってんだ、こんなトコで」 行動の矛盾に舌打ちしつつ、ほとんど義務感だけで会話を繋ぐ。 「え…いや、別に…」 その返答に眉をひそめたのは、らしくなく歯切れの悪い回答だったというだけの理由ではなかった。 刹那は大股にエミリオ―――屋上の手すりにすがりつくようにつかまっているその少年に歩み寄り、強引に彼の顎を捕まえた。 「ちょ…何……!?」 抗議の声をあげる彼に構わず真正面から凝視する。 刹那からすれば一回り近く下だが、それでも青年の兆しを見せ始めた顔立ち。瞳の色、体格―――どれを取っても記憶にある通り。間違いなく彼は刹那の記憶にある少年だ。しかし――― 「いや…悪い。何でもないんだ」 少年から手を放すと、刹那は頭を振って馬鹿馬鹿しい考えを頭から追い出した。ついでに、即座に飛んでくるであろう拳をいなすための防御体制をとるのは、頭で考えたというよりは身体が覚えた反射行動のようなものだった。 だからそれが徒労に終わったことを頭で認識できたのは、少年が言葉を紡いだあとで。 「…用がないなら、ほっといて」 拒絶に満ちた言い方はいつものことのはずなのだが、再びの強烈な違和感に刹那は眉間の皺をますます深くした。 「お前に命令される筋合いはない」 あっさりとそう斬って捨てると、刹那はポケットから煙草の箱を取り出した。少年がそれを見てわずかに顔をしかめる。 「…何の用なの」 「用がなきゃ屋上で煙草も吸っちゃいかんのか?」 「………ぼくの横で吸う必要がないでしょ」 そうだ、これもそうだ。最初から疑ってかかればいくらでもある。こいつが『屋上に出たのに煙草を咥えていない』など。 刹那は考えるフリをしてゆっくりと煙草に火をつけた。ありえない。現実に考えてこんなことはありえない。しかし全ての状況証拠はそう言っているのだ。 一度紫煙を細く吐いてから、刹那はゆっくりと問いかけた。 「………お前、誰だ?」 少年が、はっきりと目を見開くのがわかる。蒼い瞳に映っているのは困惑だろうか。それとも絶望。 「…なに、言ってんの?…ぼくは…」 いや、そもそもこいつの瞳の色は本当に蒼だっただろうか―――?記憶はそうだと言っているのに、まるで見たことのないような色の瞳をのぞきこみ、刹那は言葉を重ねた。 「お前が本当に『エミリオ』だってんなら、俺の名前を知ってるはずだな?」 光とともに舞い落ちる雪がなければ。暗い大気に溶ける煙がなければ。 きっと時が止まっていたとしても気付かなかっただろう。 間近で瞳を覗き込まれたまま、少年は瞬きひとつしない。絶対にしていないと断言できるのは、こちらもしていないからだ。 積もってもいない雪で音が消えるのかは知らないが、風の音ひとつしない――― ―――随分時間がたったのだと気がついたのは、我知らず息を止めていたせいだった。単純に呼吸の限界を迎えて大きく息をつく。 「…たく、何かつっこめよな。ボケ殺しにも程があんぞお前」 「……刹那は冗談が悪趣味なんだよ。第一意味がわかんないし」 似たような仕草で溜息をついた少年―――エミリオは、悪態をつきながらポケットから煙草の箱を取り出した。見慣れた手つきで口に運び、 「火」 それが当然、といった様子でこちらに要求してくる。両手は再びポケットにつっこまれているあたり、ライターを受け取ろうという気は微塵もないらしい。 いつもと同じだ。 「だから何様だ、お前は…」 こちらもいつもと同じように反駁すると、刹那は二歩分ほどあったお互いの距離を無造作に詰めた。 口元に添える手と反対の手で相手の後頭部を軽く支えてやると、間近で合った瞳が剣呑な色を孕んで揺れる。ああそうだ、この色だ。同じ蒼のはずなのに、どうしてこうも違うのだろう。 「ん……」 手を離してやると、エミリオは不満そうに息を漏らした。 「味混ざる…」 「知るかっ」 無事に火のついた煙草をぴこぴこと揺らし、すっかり見慣れた横柄さでエミリオは手すりに身体を預けた。 「刹那の煙草重いんだって。おっさんが吸う銘柄じゃんソレ」 「お前こそ1ミリのメンソールなんてのは女が吸うような煙草なんだよ」 「いいじゃんこれが好きなんだから」 「じゃあ俺もこれが好きなんだからいいだろーが」 普段通りの意味のない応酬をした挙句、刹那はつい噴出した。 なんのことはない、自分が恐れていたのはこのことだったのだ。 「ど、どーしたの急に」 心配そうに―――というよりは精神病棟を恐る恐る覗き込むときのような顔で、エミリオがこちらを伺ってくる。 「いや。こんなつまらん日常が案外面白いことなんだろうな、とな」 「え、え〜〜〜………」 ドン引き、といった表情でエミリオがこちらから数歩距離をとる。 「お前ホントに刹那?大丈夫?」 「違ったらどうするんだよ?」 「んー。多分刹那と同じことするよ」 うっかり聞き流しかけて刹那はエミリオの顔を二度見した。 「……は?」 「だからさ。いつもの刹那なら最低限許せないこともないっていうかまぁ息をする権利ぐらいはちょっとの間容認してやってもいいかな〜ぐらいのカンジだから―――」 「おいさりげなく喧嘩売っ―――」 「その範囲を越えちゃったなら、もう口をきく価値も生かしておく価値もないから殺すぞって言うだろうなあって」 口調はあくまで朗らかだったが、もしかして怒っているのかもしれない。刹那は直感的にそう思った。 「…そう聞こえたか?」 「うん」 間髪いれずに頷かれ、気後れする自分を自覚する。が、だからどうしたというのだ。なにも自分は機嫌を取るためにこいつを探していたのではないのだ。 「……まぁ、そう言ったつもりだったからな」 実際、あのままこいつが自分の知らない少年のままだったなら。殺すかもしれないという想像はさほど難しくはなかった。 「……刹那は今のままのぼくがいいって思ってんだ?」 つまらないことを訊く。そう思ってしまってから刹那はふと気付いた。そういえばこいつはまだ16歳の子供なのだ。 「…そう言われるのは嫌なのか?」 しかし結局気の利いた言葉のひとつも思いつかない。いや、もとい。別に気を利かせてやる義理はないのだ。 「皆と逆のこと言うんだねぇ刹那って」 「?」 何を言っているのかわからず―――いや、わからないふりをして刹那は疑問符を浮かべた。おそらくさっきまでのアレは、かつてこいつが期待されていた人格だったのだろう。気弱で、受身で、大人しい――― 馬鹿馬鹿しい。 刹那は溜息をついてかぶりを振った。 「別に俺の意見が異端だろうがなんだろうがどうでもいいな。俺はそう思う。文句があるならぶち殺す。それだけだ」 投げ捨てた煙草の火を敵のように踏みにじる。くすぶる間もなく消えたそれをエミリオは黙してみつめていたが、 「殺すってのはさ、そのことに文句のある―――」 言葉の途中で突風が吹き、エミリオの言葉の後ろを攫う。 が、エミリオはひとつ舌打ちすると少し大きめの障壁でその風を遮った。こちらに言葉をきかせるためだろうか、その内側には刹那も含まれている。 「―――文句のある相手なら誰でも殺すってことでいいのかな?」 こちらの言葉を繰り返しているだけなのだが、こいつが言うと妙に薄ら寒い。だがしかし、それがなんとも悪くない。 やけに嬉しそうな様子のエミリオから視線を外し、刹那は不敵な笑みを虚空に投げた。 「…俺の理想に逆らう奴は誰だって殺してやるさ」 << 戻 >> |